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●第78回 (06/05/19)
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手作りギターで一昨年「現代の名工」に選定された矢入一男氏をご存じでしょうか。氏が社長を務めるギターメーカー【K・ヤイリ】は完全純国産のアコースティックギターを製作していて、カスタムギターの注文も請けています。おれも1本作ってもらおうと思い、希望を伝えて見積もりを出してもらったところ、予想以上に安くてビックリしました(ホントにこれで大丈夫?)。余分にお金を取らないあたり職人の矜持ですねえ。見積もりをもとに最終の詰めを済ませてさっそく正式注文、仕上がりは10月ごろになる予定です。職人仕事だから時間がかかるのはしょうがないところ。ここはひとつ待つ楽しみを存分に味わうとしましょう。(山口)
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●第77回 (06/05/12)
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銀座一丁目にニューキャッスルという古いカレー屋さんがあるのだけれど、ここに何とも味わいのある不思議な顔立ちのにゃんがいて、前々から気になっていた。店の厨房の勝手口のゴミ置き場のようなところにちょこんとすわっていたり、あるいは、入口にいて客を出迎えていたり?して、野良にしては人なつこいなあ何て思っていた。呼ぶと誰にでもみゃお〜とすりよってくるので、道行く人にかわいがられているようだった。先日このにゃんに会いに行くと、貼り紙があってこの猫は「ぽんちゃん」という名前で今度学研から出る猫の本に「銀座の猫」として掲載されると書かれていた。さらに、近日映画にも出演する予定らしい。銀座という場所柄スカウトマンも多いのだろうが、彼女が有名タレントになり高嶺の花になってしまい、呼んでもみゃお〜んとすりよってこなくならないよう祈ろう。(山田)
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●第76回 (06/03/31)
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「三丁目の夕日」が大ヒットとか。でも、東京タワーもいいけど、やはり夕景は富士かな。H・G・ポンティングは「私がこの日の夕方に富士山頂の最高地点から見たこの日没ほど、畏敬の念を起こさせる荘厳な日没の光景を、世界中のどこでも見たことがない」と記します。え、そんなガイジン、知らない? そりゃそうよ。スコットの第2次南極探検隊や日露戦争に従軍し記録写真を撮った写真家です。100年前に刊行された『英国人写真家が見た明治日本』という本で読みました(講談社学術文庫)。で、原題が「この世の楽園・日本」。はは。今はとても楽園とは思えないけど、よし、この夏は久々に富士山に登ろうか!(真之介)
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●第75回 (06/02/10)
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「おもしろきこともなき世をおもしろく」この高杉晋作の辞世の句が好き。意味を想像すれば、おもしろきこともなき世の中をおもしろく(してやろうじゃないかオレが!)おもしろきこともなき世の中をおもしろく(生きた、満足!)という感じだろうか。激動の幕末を疾風のごとく通り抜けた晋作らしい爽快さがある。実はこれには野村望東尼が作った下の句があり、繋げると「おもしろきこともなき世をおもしろく住みなすものは心なりけり」つまりは「心の持ちようでつまらない世の中もおもしろくなる」ということ。まるでどこかの宗教団体のキャッチコピーのようだ。なんだか下世話で、高杉の器を勝手に限定したイメージがしてしまう。しかし、小さい井戸水にもあえいでしまう僕には上下併せた言葉がちょうど良いのかもしれない。(宮本)
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●第74回 (05/12/22)
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アフガニスタンで井戸を掘る医師として広く知られている中村哲氏の講演会に行った。パキスタンのペシャワールで10年間医療活動を続け、2000年よりアフガニスタンの水源確保事業を始め、9.11の報復でアメリカの空爆に苦しむ人々の代弁者となって現地
の惨状を訴えた、あの小柄でたくましいお医者さんだ。アフガニスタンは90%が巨大な山脈に覆われ、水源は山からの雪解け水。ところが温暖化のため年々雪が少なくなり、慢性的に干ばつが続いているという。9割以上が農民や遊牧民で、そのほとんどが自給自足というこの国では、豊かな水がなければ生活できない。中村氏は2年前から潅漑用水路にも着手。井戸だけでななく、なんと川まで作ってしまった。自然工法による護岸工事には多くの住民が参加し、砂漠化した土地に緑が息吹始めているという。スライドを使ってのお話、最後の画面は元気なアフガニスタンの少年達の笑顔。一方、飢えで死ぬ人もいない豊かな日本で最近このような明るい笑顔を見かけなくなってしまったことを中村氏は心配している。(山田)
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●第73回 (05/12/09)
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ヶニヤのマイタイ女史によって「もったいない」という言葉が、日本人をあらためて目醒めさせた。もう一つ忘れられた言葉に「みっともない」がある。電車の中で化粧をする女性や平気で物を食べたりぺットボトルを口にする若者、言い出したらきりがない。かつて日本人の誰もが身につけていた、まじめさ、やさしさ、きよらかさ、がいま失われたようだ。政界、官界、財界、社会のいろいろなところで責任を負わない輩が目立ってきた。政治献金の受け取りをうやむやにする政治家、国民の年金を管理する社会保険庁の役人の無責任さ、構造計算を偽装計算した問題で建築士、設計会社、建築会社、建築主、検査機関は入居者そつちのけで自己保身に走り、責任の擦りあい、これら「みっともない」が蔓延してる社会、なんとかならないだろうか。(K.Y.)
「藪の中」ならぬ「壁の中」の泥仕合が続く手抜きマンション問題。でぼくはこの際、抜本的な解決のために、かのハンムラビ法典の適用を提言したい。紀元前1800年頃に出来たという法典には、こうあるそうです。「A)もし建築者が人のために家を建て、その建築が頑丈でなく、家が崩壊しその家の所有者が死亡したならば、建築者は死を科せられるべきである B)もし家の崩壊のために家の所有者の子息が死亡したならば、建築者の子息に死を科せ」――たまたま読んだ畑村洋太郎編『失敗に学ぶものづくり』(講談社刊)の第3章「建築分野 起こりうる事態をどこまで想定するか」で、工学院大学の某教授が紹介していました。「建築の失敗は当時から重大な問題として認識されていた」と教授。もっともぼくは死刑廃止論者なので、これは自己矛盾でして。(真之介)
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●第72回 (05/10/07)
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しばらく前、深夜にNHK衛星で成瀬巳喜男監督の『秋立ちぬ』という映画を放映しました。実はこの映画の舞台になっているのがサン・クリエートのある新富町。当時とは町並が変わってしまっているのでほとんどわかりませんでしたが、新富橋や京橋公園などいくつか見覚えのある風景もありました。新富町はもともと花柳界に縁の深い場所で花街として栄えた町でもあります。その下町情緒が残る新富町を舞台にしながら、成瀬監督は登場人物たちに「いまにたくさんビルが建つ」とか「いまのうちに土地を売って郊外に引っ越す」といったセリフを言わせています。バブルやオフィス街化を予言した見事な先見性にはただただ脱帽です。東京を愛したといわれる成瀬監督ならではの“警鐘”だったのかもしれませんね。(山口)
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●第71回 (05/09/30)
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普段、車の運転中はとても温厚な方(自称)だが、たまに感情を剥き出しにしてしまう相手がいる。それは「タクシー」。全部のタクシーがそういう訳じゃないが、ウインカーも出さずに車線変更、客を見つけた途端に急停車、交差点のド真ん中であろうが支払のために停車(これは客のせいか)などなど。目に余ることが多々あります。あまりにも酷いときはクラクションの雨あられを浴びせてしまうことも(良くないとは思いつつ…)。それほどに良い印象を持っていないのです。あと最近ちょっと疑問を感じているのが車道を飛ばす自転車。歩道より走り易いのは分かりますが純粋に危なくない?接触したら間違いなく車が勝ってしまうのでいつもヒヤヒヤ(時にイライラ)しながら走ってます。自転車って法律上どこを走るべきなんでしょうかねぇ。(斉藤)
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