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第3回●八丁堀猫ものがたり 向田邦子さんの贈り物

 そんな題名の本が目につきました。95年(平成7)春に出た本で、著者は踊りのお師匠さんである橘芳恵さん。巻末の著者紹介欄には、東京浅草生まれ、日本舞踊・橘流3代目家元、日本舞踊家橘芳恵と踊る会主宰とありました。『猫の手帳』連載エッセイをまとめたものです。
「築地魚河岸のとなり、新富町と京橋と茅場町にはさまれた川沿いの町、中央区八丁堀。私が浅草で生まれ、浜町をへて、この町に移り住んでから45年ほどになる」というフレーズ。向田邦子さんから貰ったという“名猫マミオ”にまつわる話が綴られています。1995年6月、河出書房新社刊、1500円。
 何でもこのネコ、タイのコラット高原地方の原産とか。タイ王国の貴族が好んで飼ったというコラット種という全身銀ネズ色の猫。陽の光を浴びると、ときにブルーや銀色に、暗いあかりのもとでは艶のある黒色に毛の色が変化するそうです。

 で、話はいきなり飛ぶのですが、実はぼくの生まれは新潟の寒村で、幼児期に一家4人が上京して初めて住んだところが浜町の復興住宅(バラック)。幼心に、母に連れられ浜町公園の藤棚の下でひなたぼっこしながら、母が編み物をしていたのを覚えています。なぜ藤棚かというと、付近に毛虫がやたらにいた記憶があるのですね。
 ……おやおや、これでもうぼくのトシがばれてしまいました。ま、それはそれとして、同書の32ページにこうあるのです。昭和25年の話。
「わが家は当時浜町公園の正門のそばにあった。界隈は戦災の焼け跡がまだまだ残っていて、明治座は再建まえで、その残骸をさらしたままだった。浜町公園は進駐軍に接収されていて、そのころ珍しいプールがあった」
 うーん、どうやらごく近いお隣さん同士だったようです。ぼくにもジープに乗った進駐軍兵士を見かけた記憶があります。でも、浜町公園の全区域が接収されていたとすると、ぼくが日向で毛虫と“対決”していたのはどこだったのでしょうか?

(真之介)



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