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第8回●八丁堀に「医者町」があった

 ネタに窮すると、京橋図書館郷土資料室発行の「郷土室だより」を覗くのですね。
 例えば昭和59年(1984)秋発行の「郷土室だより」第45号では、八丁堀に「医者町」があったことが紹介されています。
 町奉行所付き与力の拝領屋敷は300坪〜500坪と、屋敷を建てても広い。半分は借地人に使わせたが、身分業種を特定して商人の居住を許さなかったので、江戸八百八町の中でも特殊な一郭が出現した、と元郷土資料室の安藤菊二氏は連載の中で記します。
 では具体的にどんな職業かというと、医者・儒者・手習い師匠・国学者・書家・画家・歌人・俳人・俳諧師・茶の師匠・能役者・狂言師・謡の師匠、または盲人の検校・勾当・座頭の坊・按摩鍼医、それから浪人もの剣術柔術槍術馬術指南者、金銀座役所の役人など、ことに面白いのは相撲取り……と、これが多彩このうえなし。
 で、医者町はこれらの借地とは別。元禄7年、酒井兵部上屋敷跡地1776坪を幕府医員らの受領地として八丁堀長沢町と称したというのです。栗崎道有、鳥飼道節、後に海軍軍医総監になった戸塚文海の義父静海はじめ医師の名が挙げられていますがここでは省略。今の新大橋通りあたりだそうです。

 そんな下地があったからでしょう。時代小説の書き手として注目の宇江佐真理『斬られ権佐』は、八丁堀の代官屋敷通りに面した医家が舞台です。
 主人公である権佐(ごんざ)は仕立て屋ながら八丁堀の吟味方与力、菊井数馬の小者(手先)。妻あさみは長崎で蘭方医学の修業をつんだ外科医で、一人娘のお蘭ともどもあさみの父である医師麦倉洞海の屋敷に住んでいる……。
 斬られ権佐、流れ灌頂、赤縄、下弦の月、温、六根清浄の6編を収録。残念ながらストーリーをご紹介するスペースはないのですが、いつもながら下町の人情と粋がたっぷりつまった連作でおすすめ。2002年5月、集英社刊。



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