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第1回●新富座開場式

「新富座」といっても、大方の人には遠い過去の話。12世守田勘弥が江戸3座のひとつだった守田座を当地に移したのが 1872年。 75年に改称して「新富座」となったあと 78年に 新装開場式を挙行しましたが、経営は苦しく1909年に松竹合名社が買収することになります。
 仮建築、本建築いずれも火災で焼失し、今はその面影を残すものは何もないのですが、12代守田勘弥はじめ歌舞伎役者の多くが町内や隣町の築地に居を構えたことから、料亭や写真館などが多数軒を連ねました。
 モノの本をひもとくと、新富町の現在の姿からは想像もできないような、いかにもきらびやかな文明開花期の明治東京の姿が浮かび上がってきます。たとえば『明治世相編年辞典』(東京堂出版)、「新富座開場式」の項・・・。

 6月7・8日 新富座の開場式挙行。三条太政大臣以下各省の高級官吏ならびに知名の紳士外国公使など一千余名を招待し、劇場側の勘弥(守田勘弥、12代。1846〜97)はじめ俳優一同芝居茶屋の主人にいたるまで燕尾服を着用、洋服嫌いの河竹新七〔1842〜1901)も一生一度の洋服を着した。舞台にははじめてガス燈をつけ、余興に団十郎、菊五郎が石橋を踊った。またこの時、櫓を廃止した。初日は10日で、以後歌舞伎座出現まで新富座の全盛時代であり、歌舞伎劇の光輝ある一時期を画し、新富座時代と呼ばれた。



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