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第4回●変わり行く町(1)惜しまれつつ退場


閉店はしても靴の修理は
受け付けるそうです


老舗栄屋さんの
閉店のあいさつ

 1945年3月10日の東京大空襲による惨禍を記録するセンターの開所式がつい先頃行われました。東京下町を中心に、10万人以上が犠牲になったと言われています。で、広義で言えば「下町」ながら、当時も今も都心の一画にあるここ新富町はどうだったのでしょうか?
 この問題、あの問題‥‥実は、このサイトは目下「開店準備号」で、あえて未調査のまま走り始めました。3月10日の空襲、そしてその後の様々な規模の空襲で、一体どのような規模の被害に遭ったのか、おいおいご報告していきたいと考えています。(これは中央区の郷土資料室のお世話になる予定)

 さて、戦火による焼失、そして高度成長による近代化もさることながら、バブルとこのところの不況で、いま新富町は何度目かの変革の時を迎えているようです。日々、古い建物が消え、跡地に大きなビルが出現しています。
 もう紅葉の季節ですから、もはや旧聞に属するのですが、この春先、いわば隣組である「栄屋はきもの店」に「廃業」の貼り紙が貼り出されました。年末年始の閉店セールに次ぐ寂しい貼り紙。「創業いらい八十年お世話になりました」との文字が、古ぼけたわずか3間ばかりの軒先のガラス戸の片隅で、春風に揺れていました。
 昭和20年代の東京地図に「履き物川井」として登場する老舗の一つです。通りを1町ほど銀座寄りにいった足袋の大野屋さんはまだ健在ですが、この町に下駄屋さんがあったこと自体が不思議と言えば不思議。今では町から下駄の足音が消えて久しいですよね。
 あいにく栄屋さんの閉店にいたる事情は、まだお聞きしていないのですが、今もガラス戸の内側には人の気配があります。すると、直ぐには廃業→転出→取り壊し→大きなオフィスビル誕生、とはならないのかも。いずれにしても、町にフツーの住民の姿があるのが新富町のひとつの特色です。
 そういえば、つい1カほど前、その旧栄屋さんの隣に小さな八百屋さんが誕生しました。スーパーでもコンビニでもなく、フツーの個人商店が新規開店するなんて! 小町娘が店番しているようなので、そのうち覗いてレポートすることにしましょう。お楽しみに。



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