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若い女性を中心とするここ数年来の「浴衣」(ゆかた)ブームによって、かろうじて命脈を保っているけれど、私たちの生活の中から下駄が消えて久しいのですね。
第一、つい先頃まで出版・印刷の世界にあった「下駄」ですら、もう今の若い編集者の多くは知りません。パソコンによるDTP全盛だから。
さて、この場合の「下駄」とは、文選(ぶんせん)、つまり印刷所で指定された原稿の文字を拾っていく際、指定された活字が無かったり読めなかったりした場合に臨時に置く活字のこと。形が、ちょうど下駄の歯と同じことから、そう呼ばれてきました(もっとも、最近では携帯メールの絵文字がパソコンでは下駄表示になるようですが)。
「下駄をはかせる」「下駄を預ける」なんて言葉もありますが、知ってますか? これも、もう「死語」になりつつあるようです。で、新富町の栄屋さんを惜しみつつ、最近読んだ小説の中の描写を借りて、下駄に関する知識の一端を学習しておこうと思います。
引用がちょっと長いけど、作者の宇江佐真理(うえざ・まり)さん、ゴメンナサイ!
作品は「下駄屋おけい」という短編小説。『深川恋物語』(1999、集英社刊)に収められています。深川の裕福な反物問屋「伊豆屋」の娘おけいと、しがない下駄屋「下駄清(げたせい)」の跡取り息子巳之吉との純愛物語です。幼なじみの巳之吉への想いを胸に秘めながら、大店(おおだな)に嫁ぐことになったけいが、下駄清の主人清吉から、祝いにと下駄を作って貰うくだり。話す相手は下駄職人の彦七。
「彦爺い、台は桐を奢っておくれ。桐の板目で頼むよ。差歯(さし)は樫にして。堅いから減り難いだろ? 型は丸でいいけれど、柄(ほぞ)は陰卯(いんぼう)にしておくれよ。台に柄が出ない方が格好がいいからさ。少し、手間だけれど。鼻緒は……そうだねえ、赤葡萄色のびろうどがいい。芯はあまり入れ過ぎないでね。眼の位置はいつもの通りでいいよ」
すらすら注文をつけるけいに清吉は心底、驚いていたようだ。
「眼」は鼻緒を通す三つの穴で、これぐらいなら誰でも知っているが、下駄の歯の柄が台の表面に出ているものを露卯(ろぼう)、隠れているものを陰卯と区別されていることを知っている者は少ない。
けいは下駄清に出入りする内に履物に関する専門知識を自然に身につけ、履物については、いっぱしの「通(つう)」になっていた。……
桐の板目、差歯、柄、陰卯、露卯、眼など、いろいろ専門用語が出てきて、勉強になりました。もっとも、ここで「柄」としたのは実は苦しまぎれの引用、つまり誤植で、本来なら下駄を置くところなのですね。「ほぞ」は「柄」とは別の字なのですが、ワープロに無いので、ま、ご勘弁下さい。
宇江佐真理さんは新進の女流時代小説作家。この短編集には「凧、凧、揚がれ」など、いずれも下町庶民の情感あふれる佳作が7編収録されていて、ちょっと心が渇いた時(笑)などに読むと元気が出ますよ。
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