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第7回●奥床しい品格?

 今和次郎『新版大東京案内・下』を読んでいたら、こんなくだりに出会いました。

 日本橋の地味より更に地味な姿で奥床しい品格を保った花柳地として私は新富町をあげる。が、それは震災前の事で、ここも何となく日本橋と歩調を同じうした変り目を示しつつあると云へる(ちくま文庫、同書96ページ)

 今和次郎(こん・わじろう)と言えば建築学者にして風俗研究家。と言うより、一般には「考現学」の創始者として知られ、研究対象は風俗・建築・生活から服飾・味覚まで、およそ人の暮らしの万般に及んだ異色の学者。来年で没後30年になります。
 で、何が異色かと言うと、研究対象のユニークさもさることながら、どんなところでもジャンパーとゴム長で現れる、そのいでたちで注目されていた人です。とまあ、ここまでは雑学の徒であるぼくは、何となく雑誌の記事などで見知っていたのですが、実は氏の著書を読むのは初めてです。
 参考までに下巻の目次を記すと、東京の郊外、特殊街、花柳街、東京の旅館、生活の東京、細民の東京、学芸の東京、市政と事業と、まことに幅広く、何とも興味深い事柄に関するレポートが並んでいます。とりわけ「生活の東京」と題する章は1)東京生活百態、2)新職業百態の2節に分けられ、テキ屋、浮浪者、はては口入屋、為替ブローカー等々、読み出したらきりがないのですね。
 おっと本題は花柳街の章。ここに東京市内とその郊外にある花柳街の地名、芸者屋の数、芸妓数、玉祝儀の相場一覧があり、わが新富町の名……そう、新富町はかつて花柳街だったのですよ。
 震災、戦災、そしてバブルの大波で、今や新富町に昔日の面影は全くありません。でも、でも……今和次郎先生が「奥床しい品格を保った花柳地」とまで記した雰囲気の片鱗が、この町にはまだ残っているような気がします。



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