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京橋図書館の郷土資料室で、田島ふみ子『東京下町 新富育ち』(1994年春、草思社刊)を読んできました。まだ本サイトを立ち上げる前にざっと眼を通したまま、精読しそこなっていたのです。
本書を読まずして新富町を語るのではモグリの誹(そし)りを受ける、と言ってよいほど、往時の新富の暮らしが伸びやかな筆致で綴られています。イラストや写真も添えられ、随所から新富町の生活音が聞こえて来るようです。
全5章建て。
--1章 水沢の震災疎開っ子
--2章 新富町かいわい
--3章 下町の明け暮れ
--4章 モボ・モガ時代の女学生
--5章 大戦前夜のわが家
……主婦らしい細やかな観察眼と感性で、折々の暮らしのあれこれが語られていきます。(「聞き書き」のようですが)
著者は1918年(大正7)、新富座の直ぐ裏通りで生まれました。お元気なら当年84歳。都下の稲城市在住と奥付にありました。
むろん生家だった穂積歯科医院は関東大震災で焼け、その後電車通りとクロスする表通りに新築なった家も今は無く、人手に渡った跡地には現在6階建てのビルが立ち、1階は喫茶店になっている、とあります。
で、昭和初年頃の新富町を描いたという手書きのイラスト地図を見ると、道路を挟んだ前が今の果物店、また斜め向こうに下駄屋さん、つまり昨年閉店になった栄屋さんが記されています。さらに巻末の本書「あとがき」を読んで、ぼくは本書のカバー、イラストの絵が著者の弟さんの手になるものだと知りびっくりしました。道理で、新富座も、穂積医院も精緻に描かれているわけです。誰あろう、その人の名は……。
(この項続く)
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