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第15回で丑の日について描きましたが、鰻と言えば、山本周五郎の短編「ちゃん」にこんな話が。このトシになるまで知りませんでした。
ちょうど灯がはいったときで、店はひどく混んでいたが、良吉はすばしこく、二人並んで掛けられる席をみつけた。
「ちゃんは酒だ、肴はなんにする」と良吉はいせいよく云った、「おれは泥鰌汁で飯を食おう、……うちじゃあなぜ泥鰌を食わしてくれないのかな」
「おれが卯年だからな」
「卯年だといけねえのか」
「うの字がおなじだから、鰻を食うと共食いになるって、かあちゃんがかつぐんだ」
「だって鰻と泥鰌たあ違うだろう」
「おんなじように思えるらしいな、かあちゃんには」
「笑あせるぜ」と良吉は鼻を鳴らした。
長屋住まいのしがない職人一家。子沢山で、このところ稼ぎが悪く生活が荒れている父親を、14歳の息子良吉が飲みに誘う。良吉は「ぼてふり」、つまり魚河岸で仕入れた魚を売って歩き、いまに仕出し魚屋になる夢を持っているが、家庭の崩壊?を気にし、父親とサシで話すため誘ったのだ。
「いまに楽をさせるぜ、ちゃん」そんなけなげなことを云う孝行息子はじめ、貧しい中にも心清らかな一家の会話がじーんと心を打つ。(山本周五郎テーマ・コレクション「下町」=新潮社刊から)
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