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第19回●露風が詠んだ新富

 三木露風と言えば童謡「赤とんぼ」で知られる明治・大正期を代表する詩人の一人。
 その露風が明治45年(1912)と翌大正2年7月の2回、新佃島東町の海水館に止宿して詩作に励んだ、と中央区報3月15日号の「区内散歩」欄で、区文化財調査指導員という野口孝一さんが書いていました。
 露風全集第3巻の歌集『白萩赤萩』に収められた「黄ろき蝶」に、佃島・月島を詠んだ短歌が載っているそうです。そしてそこには、こんな句が。

新富のはねて帰ればおそくして渡しの舟に時雨降りけり

 ここでむろん「“新富のはねて”は新富座の芝居が終わっての意」と野口さんは書きます。
 眼下に頭上にと高速道路や幹線道路が走り、今は見る影もなく乾いた街・京橋そして新富あたりは、武家地から新島原遊郭を経てなお明治・大正期には汐の香漂うのどかな水辺の街だったようですね。

物音の一つきこえず京橋のこの水郷は海に向へり

 そんな句もありました。
 この海水館は佃3-11、月の名所で知られる相生橋近くにありました。中央区観光ガイドに名所・旧跡として「海水館の碑」が残ります。
 以下、その紹介文を。

 海水館は明治30年代の終わり頃、新佃島にあった旅館です。当時、この辺は房総を一望におさめ得る景観に恵まれた閑静な場所で、この環境を愛して島崎藤村、小山内薫、木下杢太郎、市川左団次、三木露風、吉井勇、久保田万太郎、竹久夢二、日夏耿之助らの文人がしばしば集い、滞在したといいます。島崎藤村は「春」を、小山内薫は「大川端」をこの旅館で執筆しました。




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