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前回、いきなり「看板建築」を登場させ、記事も舌足らずでした。実は、このところ野暮用に追われ、苦しまぎれだったのですね。
まず、「看板建築」とは何か? 一見同じようでも「看板娘」とは用語法が異なります。これって、東大生産技術研究所教授で路上観察学会員の藤森照信さんの造語。今では一般名詞として定着するほど有名になりました。
つまり、東京および関東近県で関東大震災以降に建てられた装飾付きの商店建築のこと。実際に看板がついているわけではなく、道路側の外壁にモルタルや銅板製の装飾を施している様子がまるで看板のように見えることからついた名前なんです。また当時は、法律で3階以上の民家は禁止されていたことから、西洋で用いられていた屋根裏の建築手法(マンサール屋根)を取り入れ、外観は3階だが(屋根裏スペースは部屋と見なされない)建築基準法上は2階建ての扱いになる建物も多かったようです。
とまあ、ここまでは藤森さんの本を参考にしたのですが、やはり現地取材の時間がとれず、インターネットで調べてみました。
Yahoo!で「植村邸」を検索すると、何と82件もあるのですね。例えば、
http://yma2.hp.infoseek.co.jp/TokyoArch/Photo/02/Uemura-House.html
居ながらにして、植村邸の全貌がわかりました。なにしろ移築前・移築後の写真を並列してあり、前後左右おまけに移築前は地元住民ですら見ることができなかった背面からの写真もあって、オヨヨ。
軒先には、月桂樹の葉に囲まれた「ダビデの☆」のマークらしきものがあります。築地に近いからって隠れユダヤ教徒?(まさか) それにしても、新富の一角にこんな近代建築があったとは!
ところで町内には「看板建築」として注目すべき建物が今も健在です。
旧新富座跡地、何とも無粋な京橋税務署の真向かい、「山櫻名刺」で知られる山櫻本社ビルの隣の井筒屋さんがそれです。井筒屋さんは元は和菓子屋兼甘味喫茶店だそうで、「マンサール屋根」の3階建て。江戸ふうのレトロな建築物として注目される「出桁(だしげた)建築」の大野屋さんともども、いずれ稿をあらためてご紹介したいと思います。
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