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第50回●華やかだった水上盆踊り

 今年も盆踊りの季節となりました。新富町の盆踊り大会は7月29日〜31日の3日間、京橋公園で行われます。
 京橋公園は、住所でいえば銀座1丁目。地元の方には言わずもがなですが、新富町内にお住まいでない方のためにいちおう注釈を加えると、新富の盆踊り大会は、実は銀座1丁目東町会との合同開催なのです。銀座1丁目といっても、京橋公園はかつての京橋小学校があった地。1992(平成4)年に築地小学校に統合されましたが、新富に住むかなりの方(ほとんど?)が京橋小学校の卒業生で、京橋公園は新富の住民にとって馴染み深い場所というわけです。
 さて、過去に目を向けてみると、たとえば昭和30年代の前半には、水上盆踊りがあったと聞きます。昭和30年代といえば戦後復興の真っ只中。東京の各地で盆踊り大会が行われ、東京タワーの下で行われる大規模なコンクールには新富町も毎年参加していたとか。いわば“盆踊りブーム”の中で、新富でも派手に盆踊りをやろうということになり、1958(昭和33)年ごろに水上盆踊り大会が行われたとのこと。埋め立てられる前の築地川の上(いまの三吉橋と築地橋のあいだ)に水上櫓(やぐら)を建てての豪勢なものだったといいますが、正確な年代等の記録や写真が残っていないため、詳細はわかりません。
 盆踊りに限らず民俗芸能はもともと庶民の信仰から始まったものが多いため、(1)文字や資料としてではなく伝承で伝わる(2)時代時代の支配階級による公的な記録が残りにくい(3)地域によって発生や変化がさまざま、などの理由から、どうしても断片的な記録しか残らないということのようです。
 さて、水上盆踊りの際に町会からの依頼で一役買ったのが、当時、菊正宗酒造の建物に支社があった大林組。実は大林組の広報部に当時の写真が残っていないか問い合わせたのですが、社史などにもその記録はなかったそうです。やはり盆踊りというのは、記憶には残っても記録には残りにくいものなのですね。




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