
●竹葉亭●
中央区銀座8−14−7
営団地下鉄東銀座下車
昭和通りを新橋方向に
向かい徒歩5分。
(電)03-3542-0787
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7月21日(水)は「土用の丑」でした。首都圏各地は連日の猛暑で、夏バテ退治に蒲焼きを食した方も多いのでは?
「土用の丑」と言えば、江戸随一のうなぎの老舗が東日本橋の「大江戸」。寛政年間(1789〜1800年)創業。ついで文化2年(1805)という神田明神下の「神田川」。いずれも創業200年余になります。
幕末の「野田岩」(東麻布)と並ぶのが銀座の「竹葉亭」。
が、この「竹葉亭」、もともとは「あさり河岸」(今の新富)で開業し、桃井道場に通う門下生の武士らが刀を預けるとともに飲食もする所でしたが、明治維新期、2代目の別府金七のころ鰻屋に転じたそうです。そして、関東大震災後の区画整理で今の銀座8丁目へ。
「竹葉亭」については、創業慶応元年(1865)という小田原の鈴廣蒲鉾本店のホームページ連載の「トーク&とーく」という対談ページで6代目別府克己さんの話が紹介されています。
取材費節減の折り、まだ試食していないので6代目の話の引き写しなのですが、「竹葉亭」の鰻は白焼きで蒸しあげる江戸前の蒲焼。なんでも幕末の頃と同じ配合のたれは、味醂を煮詰めた後、醤油を足し、これをもとのたれに100年以上継ぎ足しているとか。
純和風の店構え。落ち付いた雰囲気の茶室は大正13年に建てられ、多くの文人墨客に愛されたそうで、池田弥三郎(エッセイスト、元慶応大学教授)が出征直前にこの竹葉亭の茶室でお見合いしたということがこの対談で紹介されています。なおまた、漱石の『吾輩は猫である』にも登場するのですが、こちらは築地へ移る前のあさり河岸。
さて、ウナギで忘れてはいけないのが「関東の背開き」「関西の腹開き」。
別府さんによれば、「関東は武家社会なので、切腹を嫌って背開き、関西は商家が多いので、腹を割って商いをすることから腹開きにした」とか。
しかも「関東では背開きにして竹串に刺し、白焼きにしてから蒸してタレをつけて焼きます。関西では蒸さずにタレをつけて焼く」そうです。ま、このあたり、割と知られた話ですが、味の違いは……?
なお、牛歩ついでに「土用の丑」についてもっと知りたい方は、「OLの知恵」をご覧になっては? キワモノ的な名称(失礼)のサイトですが、実はキチンと取材してあるのですよ。
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