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第60回●漱石と竹葉亭

 第51回《鰻の老舗「竹葉亭」は新富生まれ》の記事を部分的に訂正します。
 と言っても、むろんこれは目下の研究成果を見て、それがベターと判断したから。
 世の中にはヒマと言うか物好きと言うか探求心旺盛な研究者がいて、最近読んだ武田勝彦著『漱石の東京』(97/5 早稲田大学出版部刊)には、漱石と竹葉亭のことが出てきます。92ページ、「吾が輩は猫である」の章。長いけど、そのまま引用します。

 銀座の有名店では、鰻の竹葉亭が出ている。迷亭が静岡の伯父に「……時に伯父さんどうです。久し振りで東京の鰻でも食つちやあ。竹葉でも奢りませう。是から電車で行くとすぐです。」といってここに誘う。この竹葉亭は当時の交通事情から判断して、京橋区尾張町新地7番地(現、中央区銀座5-8-3)の支店の方だ。ここは森鴎外も足繁く通っている。この店の本店は京橋区新富1丁目1番地にあった。

 いやはや。とりあえずは脱帽です。ぼくは第51回で「漱石の『吾輩は猫である』にも登場するのですが、こちらは築地へ移る前のあさり河岸」と記したのです。たしかに交通事情から考えれば、本郷からあさり河岸ではなく銀座への方が合理性があるのですね。
 なおまた同じ本の161ページには、ぼくが竹葉亭の項でふれた池田弥三郎(エッセイスト、元慶応大学教授)がらみの記述もあります。

 別の折に輿次郎が銀座の天麩羅を食べに行くことを提案するが、三四郎が断り、二人は散歩に出かける話が書き込まれている。「銀座の何処とかへ天麩羅を食ひに」の表現から判断すると、銀座4丁目8番地の池田金太郎の天金にまず間違いあるまい。(略)

 これは「三四郎」の章。さすがに池田金太郎の息子が池田弥三郎ということまではふれていないけど、とにかくよく調べ、推理していることに驚きます。
 ところで竹葉亭と言えば、少し前に、足袋の大野屋総本店さんでビッグな新事実を小耳に挟みました。それはまたの機会に……。




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