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第66回●最後の斬首刑〜毒婦「高橋お伝」のこと(続)

 12月12日に最終回が放映されたNHK大河ドラマ「新選組」は徳川将軍家への大義に殉じた近藤勇の斬首刑の場面で終わります。時に1868年(慶応4)4月25日。
 ところで前回記したように日本の刑罰史上最後の斬首刑が、それから11年後の「高橋お伝」なんですね。
 しかも、斬首刑の執行人は8代目・山田浅右衛門(首切り浅右衛門)。外科の実習をかねて解剖されたのですが、その執刀に当たったのが築地小劇場創立にかかわり近代演劇の先駆者とされる小山内薫の父、陸軍軍医小山内健。遺体の一部(局部)は東大病院に保管、また墓は谷中天王寺、南千住回向院の2カ所にあるそうです。ドラマチックな道具立てが揃いすぎています。
 そんなこんなで、毒婦=凶悪犯罪人のイメージは揺るぎがないようなのですが、実は「YOMIDASランド」(読売新聞のオンライン版)を見ると、「初期の新聞記事を見る限り、お伝は病夫を抱え、苦労の末に借金返済に困って殺人を犯した不運な女性としか見えません。「毒婦・お伝」は、絵草紙や芝居という当時の大衆的メディアが、「商品」としてつくり出した虚像だったのではないでしょうか」とあります。
 事実、『週刊日録20世紀 男と女の事件簿』(1999年、講談社)は、事件当時、お伝と同居していた男性が尾上菊五郎に語ったという次のような言葉を紹介しています。

「従順にして規矩正しき一見士族の女房風で芝居の毒婦的人格にあらず」 (3月27日)

 いつの時代も大衆は、善悪を超えてヒーロー、ヒロインを追い求めるようですね。
 さて、お伝の辞世の歌が残っています。

しばらくも 望みなき世に あらんより 渡し急げや 三途の川守

 もっともこれは仮名垣魯文が筆を加えたもので、谷中墓地にあるお伝の供養塔に刻まれているそうです。
 なお興味のある方は、かつて『幕末・明治 高橋お伝』という芝居を公演した劇集団「黒門町」のホームページに「お伝」についてのコーナーがあり詳しい。




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