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第77回●魔窟もどき? 松井今朝子『銀座開化事件帖』を読む

 いやはや“古傷”を暴かれるようで、なんとも居心地が悪いのですね。題名に惹かれて読んだ松井今朝子著『銀座開化事件帖』(2005/02、新潮社刊)。

 元は幕府の小納戸方の次男坊でありながら今は世捨て人同然、銀座煉瓦街の一画で長屋住まいする久保田宗八郎を主人公とする連作の捕物帖です。
 宗八郎が「文明開化真っ只中、新しい時代の息吹きを受けて変わりゆく街銀座で活躍する物語」とは著者の自前の紹介文。明治の耶蘇祭典(クリスマス)、井戸の幸福、姫も縫ひます、雨中の物語り、父娘草の5編が収められているのですが、各編とも銀座・築地・新富という町名がひんぱんに登場するのです。しかも新富は「陽」というよりも「陰」、胡散臭いイメージなのですね。

 新富町は去年の暮れに新栄町の耶蘇教会を訪れた折にも通りかかったが、そのあたりは守田座から少し離れていて、まだ花街の香りが抜けきらずそこはかとなく匂った。横丁を覗くと、格子造りの貸座敷じみた家並みが続いて、地廻りのような連中がうろうろしていた。(井戸の幸福)

 これは序の口。ま、新富とはそんな町だったのでしょう。ところが、以下のように描かれると、まるで魔窟もどき。

 あそことはどうやら築地新富町のことらしい。宗八郎に銃創を負わせたのはそこに巣くっていた悪漢で、そもそも売女を囲ったあいまい屋が軒を連ねるのみならず、賭場まで開帳されているあの町の一画が、これまで手入れを受けなかったのはふしぎなことだった。(姫も縫ひます)

 新富はその昔、築地居留地の外国人相手の遊廓があった新島原の土壌の上に新生なった町。作品の舞台は、時あたかも守田座が浅草から引っ越してきて新富町が新たに芝居町として生まれ変わろうとしていた時期です。その後も「毒婦高橋お伝」が潜んでいた町ですから、表通りの銀座に比べ、下町裏町ラビリンスふう。それにしても今の町のイメージとは、いささか落差があります。
 文明開化の時代の銀座の息吹を生き生きと伝える作品群として一読に値するのですが、辛口に言えば、豊富な知識と教養が邪魔?をして、作品としてはいささか生硬。主人公の恋の行く末を含め、続編に期待といったところでしょうか。(つづく)




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