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敗戦から60年。日中・日朝関係の緊張を含め、いやおうなく太平洋戦争の記憶を呼び覚まされる年となりそうです。
ところで新富町の空襲被害については新富篇第8回(02/12)以降、第22回(03/07)、第69回「風化する戦争体験」(05/03)まで、冷や汗まじりで訂正やら加筆やらをしてきたのですが、古川薫『花も嵐も 女優・田中絹代の生涯』(文芸春秋、2002/02刊)には、松竹本社被弾の実相が描かれていて、また一つ新事実を知らされました。
昭和20年1月27日、新富町の松竹本社に直撃弾が落下、即死6名、負傷30名を出したことはすでに触れたのですが、その日その場所で……
そのとき社長室で川口松太郎と用談中だった大谷竹次郎は爆風で鼓膜を破られ、同席していた企画部長の波多野敬三は腹部を強打して入院、4月に死亡した。(第5章 冬の時代 P.317)
「松竹」の社名が、ともに興行界で活躍していた兄の白井松次郎、弟の大谷竹次郎(双生児)の松・竹にちなむものというのは、よく知られた話。その竹次郎が社長室で川口松太郎と用談中に惨劇に見舞われていたのですね。
川口松太郎(明治32年10月1日〜昭和60年6月9日)は昭和10年、「鶴八鶴次郎」「明治一代女」で第1回直木賞を受賞。妻は女優の三益愛子、息子が川口浩(といっても、もう誰も知らないか)。古典・新派の作品を多く残しましたが、現代小説「愛染かつら」が昭和13年に田中絹代・上原謙(加山雄三の父)の主演で映画化され、記録的な大ヒットになったことでも知られています。
今や茫漠とした歴史の彼方の作品。とは言っても、その主題歌「旅の夜風」(西条八十作詞・万城目正作曲)の哀愁を帯びたメロディーはどこかで聞いたことがあるのでは?
花も嵐も踏み越えて
行くが男の生きる道
なおついでに記せば、『愛染かつら』(松竹大船製作)で田中絹代演ずるヒロインは看護婦。劇中で着るナースの衣裳は築地の聖路加病院のものを参考にしていたそうです。
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