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新富篇第70回(本年3月)で、「新富からはばたいた企業」として東証1部上場の「デンヨー」(新富1丁目で生まれ、現本社は東京・落合)を取り上げましたが、第2弾は「帝国データバンク」です。
「デンヨー」の2005年3月期のグループ総売上高が約314億円、従業員数は500人余。対する「帝国データバンク」(TDB)は単体で売上高442億円、従業員数3100名(2004年9月期)と、企業情報分野では業界トップの座にあります。
さて帝国データバンクって、どんな会社でしょうか。
その昔、「愛人バンク」なんていう怪しげなバンク?もありましたが、当社は本来の意味での興信所、つまり信用取引の前提となる信用調査に基づく企業情報(データ)を売る会社です。
で、モチはモチ屋。同社が編んだ『情報の世紀 帝国データバンク創業100年史』(2000年6月刊)を見れば、たちどころに社歴や各種企業情報がわかるようになっているのですね。
とにかく、他社・他人の内情調査を業としてきただけに、自らの情報開示もまことに徹底したもの。創業100年史の資料編には各種の基礎データが克明に収められていて驚きました。
(株)帝国データバンクは1900(明治33)年3月3日、京橋区南鍛冶町1番地(現・中央区八重洲2丁目)で帝国興信社として開業(2年後に帝国興信所と改称)。1918年12月(大正7)、業務拡充にともない南八丁堀1-9(現・新富1-3)に建てたレンガ造り3階建ての新社屋に移転したものの、関東大震災(1923年)で全壊。ようやく26年2月に再建され、以後太平洋戦争による空襲にも生き抜き、1970年10月に南青山の新本社ビルの新築落成により移転するまで長らく新富の一つの顔でした。
もっとも、新富の旧本社跡地に昨春竣工した8階建てのTDBビルには、子会社である帝国データバンクビジネスサービスの本社があります。98年4月にTDBのアウトソーシング会社として創設された同社にしても、官報・新聞・インターネット等の公開情報の検索サービスを主たる業務に躍進、従業員は412名(2005年1月1日現在)を数えます。新富有数の企業であることに変わりはありません。
ところで創業100年史には、「震災被災直後、泉岳寺本堂を仮事務所として営業再開」とあります。創設者である後藤武夫社長が高輪義士会会長をしていた縁というのですね。久留米の士族出身という氏と赤穂浪士とは一体どんな関係が? と思ってさらにページをめくると、なんと「創業10周年の記念園遊会」というとんでもない(これ、褒め言葉です)コラムが見つかったのです。
……09年4月14日、1年早く創業10周年の記念園遊会を富豪日比谷平左衛門の品川御殿山の別荘を借り受け開催。当日は市川団十郎が着用したという大星由良之助の衣裳を借り受けた武夫所長(社長)を先頭に、四十七氏に扮した社員たちが木挽町から泉岳寺下まで船で乗り付け、参拝の後、楽隊を先頭に会場へ繰り込むという趣向だった……。
招待状発送は加盟会員5000余名! なおまた創業30周年記念では、式典と記念大相撲を両国国技館で挙行(1930年)。いやはや、太っ腹というか分限者のダンナ芸というか、かなりユニークな親分だったようです。あれやこれや人事調査の興味はつきないのですが、紙幅の都合でこれにて失礼つかまる。
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