

上は創業者の後藤武夫
下は労働争議の光景 (創業100年史から)
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今年はアルセーヌ・ルパン誕生から100年。探偵趣味のおもむくまま、新富の顔の一つ「帝国データバンク」について、さらにレポートを続けてみましょう。むろん典拠は同社が編んだ『情報の世紀 帝国データバンク創業100年史』(2000年6月刊)。とにかく、あれこれのデータが載っているのですね。
財務諸表(貸借対照表、損益計算書)は当然として、例えば歴代社長の任期。初代の後藤武夫氏が1922年4月15日〜33年2月25日、第2代勇夫氏が同年2月26日〜63年12月3日、第3代義夫氏が同年12月4日〜98年3月3日、そして現信夫社長。また国内外の支店についても歴代支店長名、在任期間が一目でわかるようになっています。
業績についても、調査件数の推移はじめ詳細です。
企業の信用調査は戦後の1964年が20万5866件、1999年が115万4963件と日本経済の成長とともに大きく伸びました。他方、いわゆる人事調査のうち雇用調査については、初年度の1964年が4万2579件に対して1981年が2万8522件、結婚調査は1964年が2万4271件に対して1981年が1万8399件と、人権意識の高まりによって素行調査がマイナーな業務となって行く社会情勢の推移が推測できます。(ちなみに探偵業・興信所からの脱皮を図り、1981年3月に社名を「帝国興信所」から「帝国データバンク」へと変更)
また初任給の推移。1959年7月の1万1630円(本社勤務、22才)から1999年4月の20万630円(大学卒、新卒)まで、年次変化が一目でわかります。こんな社史、初めて目にしました。
なおまた近代化への試練として、「経営を揺るがせた労使紛争」や業界2位の東京商工リサーチとの首位争奪をめぐるバトルの経緯について、さらには同族経営の功罪についても現社長と監修者である麻島昭一専修大学教授の対談でふれています。
人事調査と言えば、結婚調査に続き1952年(昭和27)には結婚紹介も業務とし、73年にはTBS「結婚への扉」の出場者の資格審査、また「唄子・啓助のおもろい夫婦」(フジテレビ)のお見合いコーナーの申込者審査で協力。そうか、そんなこともしていたんですね。でも、81年暮れには結婚・雇用調査を廃止しています。
また講談社の看板雑誌だった「講談倶楽部」の新年号付録として話題を呼んだ「全国金満家大番付」の作成を委託され、1929年(昭和4)、31年、34年と3回続けて作ったそうです。付録目当てで売れ行き好評だったが、テロ事件や農村不況の深刻化といった暗い世相の中で打ち切られたことなど、貴重な現代史資料となっています。
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