

上:山岡鉄舟の手によるとされる
躍金楼の看板
下:築地キムラヤのアンパン
(「桜あんぱん」ではありません)
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「松し満」が営業形態を変え、かつての壮麗な本館が消えてしまった今、新富で唯一老舗割烹の看板を守るのが「躍金楼」(てっきんろう)。黒塀、塀越しに垂れ下がる柳、朝夕の打ち水、正月の門松、いつも和装のおかみなどなど、いつまでも残ってほしいレトロな雰囲気の空間です。
さて、その躍金楼の創業は明治6年(1873)。幕末・維新に名をはせた剣客、山岡鉄舟が名づけ親で、古色蒼然たる店の看板もまた剣・禅・書の達人として知られる鉄舟の筆によるものとされています。(新富篇第11話=2003/11で記しました)
山岡鉄舟は文武両道の人で、勝海舟と西郷隆盛による「江戸城無血開城」のセッティングなど幕末に活躍したのですが、明治に入って西郷の推挙で明治天皇の教育係として侍従になっているのですね。
しかもこの鉄舟、なんと「アンパン」普及の功労者としても知られているのです。
アンパンは明治7年に銀座の木村屋総本店の創始者・木村安兵衛の考案によって誕生したのですが、翌明治8年4月、明治天皇が向島の旧水戸藩下屋敷に行幸の折、かねてから交流のあった鉄舟のアイデアでアンパンを献上したところが両陛下のお気に召し、以後、木村屋は宮中御用商に列せられ大いに発展したというのです。
このとき献上したアンパンは、奈良・吉野山から取り寄せた桜の葉の塩漬けをあしらった特別製の「桜あんぱん」で、今に至るヒット商品とされています。
なおちなみに、桜餅など桜の葉の大産地と言えば西伊豆の松崎。松崎は平らな瓦を格子に組んでかまぼこ状の漆喰(しっくい)で固めた「なまこ壁」で知られる海沿いの小さな町ですが、桜の葉の出荷量は全国一(一説には8割を占めるとか)と言われています。
日本全国どこにでもある桜。その大島桜の葉を摘み取り大きな樽で塩漬けにし、1年後に出荷する。ただそれだけのことなのですが、老舗の味や風格同様、そこには積年の知恵と工夫が隠されているようです。
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