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第92回でふれたのですが、山岡鉄舟と次郎長親分。意外なところで意外な人物の名前が出てきてびっくりですね。
でも、なにしろ「東京裁判」ですら知らない若者が多くなったご時世ですから、今さら次郎長でもあるめえよというムキには、幕末・維新の歴史書ではなく諸田玲子『笠雲』(2001/9 講談社刊)がてっとり早くていいかも。
次郎長一家の冨士裾野開墾の悪戦苦闘ぶりを一の子分大政(おおまさ)を主人公にして描いた小説で、地元静岡生まれの楚々たる美人作家が書いたものだけに(関係ないか)、一家の“出入り”話はもちろん、鉄舟、海舟、榎本武揚など徳川家ゆかりの人物群像や当時の時代背景の片リンまで、面白く読めるのですね。
そんなわけで、時代劇の人かと思っていた次郎長親分が死んだのは明治26年(1893)、74才の大往生で、清水の梅蔭寺にある墓の墓銘は榎本武揚の筆によることは先にもふれました。
なお、次郎長と鉄舟、武楊との関係についてはフリー百科辞典ウイキペディアの「幕末における次郎長」を、また諸田さんのプロフィールについては以下のサイトをご覧ください(実は、最近読んだ諸田さんと時代小説作家・山本一力さんとの対談で、諸田さんが次郎長親分と血縁関係にあることを知ってびっくりしました)。
http://www.r-morota.net/
写真上:次郎長親分(ウイキペディアから)
写真下:諸田玲子さん(オフィシャルサイトから)
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