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第2回●靴業発祥の地


入船橋交差点に残る
靴業発祥の碑

 新大橋通り、築地方面から入船橋交差点を渡って直ぐ際のビルの前に「靴業発祥の地」の石碑がひっそりと立っています。
 明治3年(1870)3月、佐倉の人・西村勝三が日本最初の洋式製靴工場「伊勢勝造靴場」の看板を出した記念の地です。
 西村勝三はかねて知遇を得ていた大村益次郎の勧めで、軍靴の製造をするため洋式製靴工場をここに開いたのです。
 上総屋ではなく伊勢勝。
 この店の名は、佐倉藩の上級武士の家に生まれながら脱藩し浪人となった西村勝三。曲折を経て最初の仕事となったのが横浜運上所の岡田平蔵の書記役。生涯の恩人ともいうべきこの岡田平蔵の屋号「伊勢平」にちなむ屋号だったと言います。
 新大橋通りを挟んで銀座寄り、新富1丁目にシオヤ靴店があって、ここも昭和の初めから続く老舗。西村勝三はまた品川白煉瓦の創業者でもあり日本の製鉄業の発展にとって欠かすことのできない人物なのですが、詳細は過不足なく「郷土の先達」の足跡を記した佐倉市のホームページに譲ることにします。



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