たまたま『文藝春秋』のバックナンバーを調べていて、「初公開 昭和天皇 日々の献立」と題するタイトルにひかれ、つい読んでしまいました。
本年2月号。昭和45年から平成8年まで26年間、宮内庁管理部大膳課つまり“宮中の料理人”をつとめていたという渡辺誠さんが記したものです。
見出しには「サンマもイワシも並んだ庶民的な天皇家の食卓」とあります。
でも、「御朝食は365日、洋食でした」、「御朝食から昭和天皇はいつもネクタイと上着をお召しになり…」とあり、やはりわれら庶民とは別の堅苦しさがあったようです。
ここでは、まだ新米だった渡辺さんが大失敗をして主厨長だった秋山さんから大目玉をくらったという「柏餅事件」をご紹介しましょう。
節句の当日。立派な桐の箱に入った柏餅を吹上御所まで運び、お皿に盛るのが渡辺さんの仕事だったそうです。
で、実に簡単な任務を遂行し、お皿が戻るまで衝立1枚隔てた供進所で待機していたところが、「美味しくない」という天皇の言葉が耳に飛び込んできた。
むろん作ったのはご本人ではありませんから責任は別、と思っていたら、なんと陛下は柏の葉の葉脈だけを残されていたというのですね。
「お皿に盛りつけるものは、すべて食べられるもの」というのが天皇家の掟。昭和天皇の時代には、自分で柏餅の葉っぱを広げて、真ん中のお餅だけとって食べるという習慣がなかったというのです。
女官から「ちゃんと柏の葉を広げておかないからこうなるのよ。なぜこういうことをしたの」ときつく注意されたとか。焼き魚の場合も同様、小骨まで全て取り除いた後、元の形に整えてからお出ししたとか。やれやれ、やんごとなき世界ではわれらの想像を絶する“掟”があったようです。
これとはあべこべ、「サツマイモ事件」という失敗譚もあるのですが、その後、同社から単行本が出ていますので、ここでは省略させていただきます。
(真之介)
|