

数寄屋橋交番(上)と
銀座1丁目交番(下)
写真はいずれも「武蔵野・多摩
MTB散歩」さんからの拝借です。
|
今さら“古傷”を暴いてほしくはないでしょうが、築地警察署と聞けばどうしても小林多喜二のことを避けて通れません。
1903年(明治36)10月13日小樽に生まれた小林多喜二は1933年(昭和8)2月20日、築地署で拷問され死亡しました。今年は没後70年、生誕100年にあたり、小樽ほかで様々な記念行事が開かれたようです。
多喜二は小説『蟹工船』によってプロレタリア文学の旗手として脚光を浴びたのですが、以前に機関紙『戦旗』に発表した『1928年3月15日』の中で、特高の拷問の凄まじさを描写したことから恨みを買い、共産党弾圧が激しさをます中でついに特高に逮捕され投獄。凄まじい暴行を受け、築地署裏にある前田病院で息を引き取りました。30歳でした。
もっとも亀井橋際にある現在の建物にはそんな陰惨な歴史を物語るものは何もありません。前田医院もまた京橋図書館の裏手のビルの一郭に小さな看板がひっそりと出ています。
築地署旧庁舎は「日本映画100風景」の築地編で見ることができます。
もっとも今回検索していてわかったのですが、この築地警察署こそがニッポンの警察の「顔」かもしれません。このところ検挙率の低下でやや威信が揺らいでいるのですが、それでも日本の治安の良さを支えるKOBAN、その代表的建築物がいずれも築地署のものなのですね。東京都の文化デザイン事業の一環として昭和57年(1982)に建てられ、意匠的な交番建築の先駆けという数寄屋橋交番や旧京橋の際に立つ銀座1丁目交番がその代表格。銀座1丁目交番は古い洋館風の煉瓦造りで明治の雰囲気を表している人気スポットです。
ちなみに中央区内には中央(日本橋兜町)、久松(日本橋久松町)、月島(勝どき)、築地の4署があり、築地署の管轄は銀座1〜8丁目、築地1〜7丁目、浜離宮庭園、新富1・2丁目、入船1〜3丁目、湊1〜3丁目と明石町です。
なお『恋愛科学研究所』内のコンテンツ「愛と憎悪の歴史」第3回が多喜二について詳述しています。また、麻布十番には「白樺文学館多喜二ライブラリー」があるそうですのでご参照下さい。
|