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第15回●「牛丼文化」健在なり 吉野家築地1号店のこと

 2004年2月は日本の食文化にとって記念すべき月になるかもしれません。そう、あの牛丼騒ぎ。
 4位の「なか卯」、3位の「すき家」に続き11日には最大手の「吉野家」、また14日には2位の「松屋」が牛丼販売をやめ、これで大手4チェーン約2300店の店頭から牛丼が姿を消してしまったのですから。(BSE云々、アメリカと日本との食肉輸入をめぐる交渉はややこしいので省略)
 でも、牛丼フリークはご安心を。吉野家のサイトを見ると、創業店である築地1号店では2月12日から国産牛、豪州牛を使った牛丼を始めているのですよ。
 吉野家1号店は、明治32年(1899)、中央区の日本橋魚河岸で誕生。その後関東大震災で被害を受けた魚河岸の移転と同時に築地に。それから空襲の被害を受けながらも屋台での商売を続け、昭和22年(1947)に店舗の再開を果たしたそうです。

・それ以来築地店は、われわれ従業員にとって心の中にあるふるさとのような店になっております。
・これまで何度かの困難を乗り越えてきた吉野家が、「この築地店とともに吉野家の牛丼とその文化を守り抜きたい」そんな思いをこめて、牛丼の販売を継続することにいたしました。(吉野家ホームページより引用)


 ……なんとも悲壮、いや心強い言葉ではありませんか。
 もっとも、牛めし発祥の地は横浜。『相鉄瓦版』なるサイトを見ると、ビール、アイスクリームその他、西洋の文物や食習慣の窓口であった開国・開港の地横浜が牛めし最古の地なのです。
「文久2年(1862)、横浜入船町で居酒屋を営んでいた「 伊勢熊 (いせくま)」が牛鍋屋を開業した。日本で初めての牛鍋屋である」とあります。またほぼ同じ頃、老舗として知られる「太田縄のれん」なども、欧米人相手に肉を出すようになったそうです。

 さてさて、我ら庶民の味方である280円也の牛丼が復活する日は来るのでしょうか。吉野家築地1号店の再開丼は「並盛り」で500円とありますから、ちと高いですよね。


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