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勝ち組・負け組に二極分化しつつあるような日々の暮らしに疲れているせいか(笑)、このところ山本周五郎を読み直しているのですよ。まずは、昨年から今年にかけて新しく編まれた中短篇秀作選。『待つ』『惑う』『想う』『結ぶ』『発つ』の5巻で、版元は小学館。昔、新潮社から出た「テーマ・コレクション」と多少違う角度から編まれた作品が並び、どれも癒し系なので、就寝前にナイトキャップ代わりに夜毎読んだのですね。
その一篇「むかしも今も」は『講談雑誌』1949年6〜9月号に連載された中編で、木挽町6丁目の指物師「紀六」の一人娘「まき」と子飼いの職人「直吉」をめぐる純愛物語。純愛物語と書いてしまうと物語の筋を明かしてしまうようだけど、昨今のすさんだ世相にとっては一服の清涼剤で、ぜひ多くの同輩諸兄姉に味わってほしい。
で、この小説には随所に木挽町や八丁堀に関する描写が出てきて、遠景近景が気になるのですね。(木挽町6丁目は今の新橋演舞場、日産本社あたり)
例えば「紀六の筋向うに溝口主膳と堀田摂津の屋敷がある」「その間の道をまっすぐに南へ三丁ばかりゆくと河岸につき当たる」……。その「つき当たり」の広場が二人の思い出の場所になるのですが、三十間掘、汐留を思わせる描写もあるので、さてどこが? 周五郎は新富篇第14回でもふれたように木挽町の山本周五郎質店で丁稚奉公をしていて、日頃築地川沿いの道を新富を抜け八丁堀まで大八車を引いて歩いたのですから、まさに熟知の場所が作品の舞台となっているのです。
親が子供を次々と殺したり、子が親を殺めたり、同棲中の女が男を殺して首を切ったり、なんともやりきれないような凶悪犯罪が次々と明るみに出る世の中であるだけに、名もない庶民の一途でけなげな生き方に、心を洗われるような気がします。
心洗われると言えば、岸恵子の主演で映画化された「かあちゃん」(2001年、市川崑監督作品)も再読しました。下町のかあちゃんの心意気、気っ風、いいですねえ。あいにく映画は未見なのですが、再読してズシンと胸に響きました。(真之介)
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